■対談「哲学・宗教の観点からクオリアを考える」
堀場雅夫(堀場製作所 最高顧問)
坂口博翁(真言宗大覚寺派 別格本山覚勝院 住職)
坂口 今日は、事前の打ち合わせを無しにいきなり本番を迎えています。堀場さんから「その方が面白い話ができる」といわれたからです。
今日のお話しのテーマは「クオリア」ということですが、辞書で調べても載っていませんでした。しかし「感性」というと、わかりやすいと思います。私どもは真言密教なのですが、その解釈からいうと、意識を乗り越えた感覚、というように考えられると思います。
私は保育園をやっていますが、そこで宇宙飛行士の秋山豊寛氏に講演に来ていただいたこともあるのですが、宇宙にいった人間が宗教家や芸術家になることがあります。しかしその逆はありませんね。講演で、秋山氏は「五感を超えて、地球を美しいと思った」と話されていました。
クオリアとは、このような解釈で構いませんか。
堀場 大体いい線をいっていますね。どの辞書で調べられたのか知りませんが、上等な辞書にはクオリアについて載っていますよ。直訳すると「質感」,つまり何かグッとくること、感じることです。さらにこのように感じることで、リアクションがあるということです。
私は、哲学や宗教はもっと身近なものであって欲しいと思っています。日常、私たちが生きていることが哲学です。私は宗教学について勉強をしたことはありませんが、神仏は日常の私たちの中に生きていると感じています。それを難しく言わないとありがたくないものだから難しく感じます。