堀場雅夫相談役のコメントから

温暖化の裏にある戦略を見抜く!

kao 温暖化についてですが、CO2が増えても温暖化にはならないというのは、地球物理学者であればみんな知っていることですが、これはECの確信犯です。最近東欧諸国を積極的に入れているのは、排出権でボロ儲けをしようとしているからです。イギリスは原発をしたいのですが、「石油を使った発電はダメだ」として、これまでの抵抗を抑えようとしています。アメリカはCO2規制をする気は今でもありませんし、中近東からロシアに至る化石燃料を使わせたいのです。そしてこれらが枯渇してからが、アメリカの出番です。ロッキー山脈の下には莫大なオイルがあるからです。これらはバーレル25ドル以上になれば採算が取れるといわれているのですが、先だって100円くらいになっても、まだ使いません。待っているのです。

 ここ100年から200年で化石燃料に変わるものとして、原子力発電がありますが、ウランからできたプルトニウムからトリウムを精製することができますが、これが出来れば、核爆弾を作ることができなくなりますし、ウランを使用しなくても良いのでウランの価格が半値以上になるといわれています。しかしウラン産出国からの反対勢力があり、現状では「触らぬ神に祟りなし」として、研究もあまり進んでいない状況です。

 太陽光発電や風力発電という手段もありますが、これで全てカバーできるということはありません。日本の政府が確信犯として「太陽や風力が石油に変わる」といっているのであればまだしも、本気で言っているというのであれば、怖いことです。太陽発電パネルを羽に貼って、飛行機が飛ぶわけありません。政府だけではなく影響力のある研究者も政府と同じことを言っていますが、では電気自動車を動かす電気はどこから来るのでしょう。国中に太陽パネルを貼っても間に合いません。「海上にも設置する」何てことを言う有様です。ようは、足し算ができないのですね。

 風力発電も同様です。日本のような台風が来る国にはあわないのです。アメリカのように人が住んでいない広大な土地があり、常時貿易風が吹いているような所では効率よい発電ができます。しかし日本は台風時には回転を止めなければいけませんし、また国土の至るところに人が住んでいますから、風力発電の超低音の被害も受けやすくなります。

政策はとても大事

kao アメリカのGM社が、かつて日本でいう会社更生法の適用となりました。日本とアメリカの違いは、アメリカの方が政府介入があるので少し異なりますが、経営が破綻しました。

 アメリカは日本のように手形を切るのではなく、支払いは早いです。商品を納めたら2~3週間いないにキャッシュで支払われます。そして私どももキャッシュで回収しているのですが、11条申請が許可されたときから、3ヶ月以内に支払ったものはいつでも取り戻せる、という仕組みになっています。つまり、破綻直前にインサイダー取引を含め不法な金が行っている可能性があるからなのですが、ところが我々にすれば3ヶ月分を戻して平等に分配されるという事態にもなりかねません。昨年、アメリカの我が社に、GM社からこれまでと桁違いの受注がありました。小型車開発の費用という紐付きでしたが、1年間でトヨタの3年分くらいの注文が来ました。社員も最初のうちは喜んでいたのですが、段々と「ヤバイのではないか」と思い出し、日本の本社に問い合わせをするようになりました。

 戦後、日本は通産省が「自動車産業で国の経済を立て直す」と言いました。その当時は流して聞いていましたが、しかし現在は立派に育て上げ、世界に通じる産業に育て上げました。これは、行政の素晴らしいところだと思います。一方、農林水産省の米はどうでしょう。ここまで出来ていません。未だに減反をしているような有様です。これは、政治の怖いところでもあります。いいことをしていても、それが効いてくるのは20年、30年後になります。今ひどいことをすれば、その影響は20年後に出てきますし、今辛くても20年、30年後には良くなっているかもしれません。

日本人とクオリア

kao 日本大学総合科学研究所に、高木美也子さんという教授がおられて、私はお会いしたことがなくいつかお会いしたいと思っているのですが、本を出されました。そこでは遺伝子のことを調べた内容が書いてあるのですが、アングロサクソン系の遺伝子と日本人の遺伝子について書いてありました。

 私たちの中に入った情報に対して、リアクションとしてアドレナリンなどの神経伝達物質が出ますが、それは皆同じなのですが、問題はそれを受けて神経伝達物質が全体に回る状態については、大きく3種類あるそうです。そしてそれは全て先天性の遺伝子による、というものです。

 新規性を追求していく遺伝子について、アングロサクソン系は受容体の大型が全体の50%を占め、小さいのは僅か3%。一方日本人は大きいのが2%しかなく、小さいのが20%で、残りの中くらいのが78%というのです。つまり日本人の受容体は真ん中が過半数以上を占めているというのです。アングロサクソン系は、二人に一人がブワッと燃えるのに対し、日本人は100人に二人しか燃えないのです。よく「欧米人は狩猟民族で、日本人は農耕民族」といっていましたが、常々「アングロサクソン系には負けるな!」といっていたのですが、遺伝子的に違いがあることが分かりました。例えばライオンに立ち向かって行くにも、アングロサクソン系は二人に一人が立ち向かうのですが、日本人は100人に二人程度しか立ち向かわない。そしてそのうち一人は食べられてしまう、というような事態にもなりかねません。日本人は燃えるのが二人に一人。真ん中くらいに圧倒的多数がいるのですが、真ん中にも上下があるとしたら、上の方にいる人は背中を押せば飛び出せる可能性がありますが、他はそうではないかもしれません。これについてはこのほかの方も行っていますし、私なりに裏付けをとっているつもりです。

100年に1度と言われる経済危機 少子高齢社会と立ち位置について

kao 少し前まで「100年に一度の不況」とよく言われていました。そして起業の景気が悪いのも、この不況のせいだという台詞をよく聞きます。100年来の不況のせいと一言で言ってしまってよいのだろうかとホントに思います。

 100年前のことは色々調べたのですが、よく分からないのです。ただ今と比べて違うのは通信網。モールス信号で送ってアメリカから日本に届いた時には1週間前の情報だった。今のようにオンタイムでニューヨーク、ロンドン、東京のことが同時に見られているのとは大違いだ。情報伝達に時間軸が入っていないと言うが、自分の置かれている立場とか日本や京都の立場をよく見ないで、他人のせいばかりにしていたら、経営者としてどうにもならんし、次の対応もできない。

 少子高齢化が悪いというが、全て悪いは人生ではない。デジタルの最大の欠陥はゼロかイチでオールオアナッシング。好きか嫌いか、美味しいか不味いかなど、人間は限りなく文化度の高いアナログの動物だ。小選挙区制、これもデジタルで、2大政党にしたかったら2人区制にしたらよかったのだが、1人区だと定席の自民党がいる場合、民主党から立候補せざるを得なかった。1人区は100対99であっても99はゼロになる。完全デジタルにしたからねじれが極端にできたといえる。

 環境問題を考える場合、今の人口60億を30億にすれば全て環境問題は解決するのです。しかしその過程で問題があるのです。少子化だからいかん、高齢化だからいかんは小学校の低学年くらいの人が考える話。温暖化=CO2の削減は宗教のようなものだが、信じているから否定できないが、これを政策として進める事はいけないことです。京都は大都市圏なのに少子高齢化が進んでおり、生物学的解決は子供を沢山生んで年寄りを早く死んでもらうということだが、問題は思い切ってそれをやるかどうかだ。

 人間はアナログですよ。物を送るときにデジタル化して送るとノイズの少ない搬送ができるが、デジタルで送ったものをもう一度アナログに変換して出すようにしなければならない。その際、変換の間違いをしないようにしないといけない。よく言うでしょ。「堀場さん見いへんな」という話が「病気と違うか」「大分悪いらしいで」となり、死んだとなる。   

 デジタルはアナログからの変換が忠実にできるかだ。訳のわからないキャッチフレーズに左右されずに、基本的な解析能力を身に付けているかどうかだ。ベースをしっかりしてどう積み上げるかという事が重要で、山を登る際にも、5,6合目にキャンプを張って、8合目位に来てどの峰から登るかだ。毎回隊列を組んで最初からスタートするのは大変だし、そうしないといつも5合目位でばててしまうことになる。

 少子高齢社会を捉える場合もこういう考えが必要だ。京都市の財政は危機的状況で、ここ数年が勝負と思う。少子高齢社会を取り上げる時には、財政問題がしっかりしていないと取り組めないので、パラレルでするか財政を少し先に取り組むかだと思うが、皆様の意見を聞きたい。

燃えない京都人

kao 京都人はホントに燃えない。京都サンガは5,000人から6,000人しか集まらない。京都くらいのまちであったら、プロ野球の球団でもあって良いくらい。

 喜怒哀楽の情をあまり表さないのが良しとされている。そしてそれが「ええとこの子」という伝統がある。クオリアとは、もっと感じよう、人一倍感じる京都人になろう、そしてそれを行動に変換しよう、というメッセージでもある。

 グッと来て、アドレナリンやドーパミンが出ているのに、「よし、やろう」という気持ちになるのは、アングロサクソンの25%。アングロサクソン系と私たちでは遺伝子が異なり、行動が異なるという。

 リーダーとして行動し、周りに影響を与えることは、ある立場に立ったときは必要。そうしないと続く人が勇気でない。これから京都をリードする皆さんは、「よしやろう」となっていただければ、京都は大きく変わる。

 かつては塚本幸一さんが頑張っていたが、私もよく「こんな忙しいのに、このおっさんは何をいうんや」と思っていたが、何度も何度もやっているうちに、ちょっとずつ進む。経営者としてのトップセールスは結果論であり、儲けようと思って儲かるのであれば苦労しない。まちのために国のために良くなることは、会社のためにもなるんではないか、と信念を持ってまちのためにやれば、必ず道は拓ける。そしてそのような取組は社会的使命でもあり、神から与えられた宿命でもあると思う。
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